「父ジョニー大倉を愛し応援して頂いたすべてのみなさまへ」


昨日、父ジョニー大倉の告別式を終え、荼毘に付しました...
みなさまからたくさんのお心のこもったお悔やみを賜り、心より御礼申し上げます...

父は「もう一度ステージに立って...みんなの前で歌いたい!」と最後まで希望を捨てずに頑張ってまいりましたが、残念ながら願い叶わず...力尽きました...

約一年八ヶ月...短いようで長い、長いようで短い...家族の闘いでした...

音楽を愛し...ロックンロールを愛し...破天荒に生きた父ではありましたが、敢えて自分が犠牲になったんでしょうか...

最後はバラバラだった家族の絆を一つにしてくれました...

やはり...最後までロックンローラー、ジョニー大倉でした...

母マリーもずっと...父の看病で病室に寝泊まりして大変ではありましたが...
失った夫婦の時間を取り戻し...
まるで...恋人同士のようでした...

又...父に反発していた自分も、
病気を機に看病する中で...
やっと...本当の親子になれたのに...

もっと...これからも...一緒にいたかった...いたかった...

残された家族...しっかり力を合わせて頑張っていきますので...
これからも大倉家を暖かく見守って頂けたら幸いです...

いつまでも...いつまでも...
ジョニーは皆さんのそばにいます...永遠に...

親父の事...忘れないで下さい...

そして...これからもずっと...
合言葉は...

JOHNNY BE BACK!

今まで父ジョニー大倉の復活応援ライブに賛同し、応援して頂いた皆様...
また...ジョニー大倉のファンの皆様...
キャロルファンの皆様...
矢沢永吉さんのファンの皆様...

父ジョニーの復活を心から応援して頂き...本当に...本当に...感謝しています...

そして...お悔やみ、激励のメッセージも重ねて感謝しております...
ありがとうございました...

又...矢沢永吉様...内海利勝様...ユウ岡崎様...ミッキーカーチス様...

大倉家一同より...父ジョニー大倉に代わり...心から...
感謝をしております...

本当にありがとうございました...

応援してくださったみなさま、関係者のみなさまとのお別れの会につきましては、改めてお知らせさせて頂きます...

2014年11月29日

ケンイチ大倉




「2012年終わりにあたって
,
そして2013年に向けて」

2012年は、もう終わろうとしている。

今年はボクにとって意義深い年となった。

 

1972年10月23日にキャロルとしてリブヤングでデビュー以来、

40年がたちました。

今でもボクはキャロルの歌を唄っている。

昔を懐かしむのではなく、年を重ねても未だに色あせぬ

キャロルの曲の数々を引っ提げて、

全国100ヶ所のライブツアーが無事に 成功できた。

多くは中高年の皆さんが時には涙を流しながら聴いてくれた。

1970年代の初頭、日本のロックンロールを確立した事は、

今となっては知る人ぞ知るである!

今年のライブツアーは、地方に行くほど凄いものとなった。

幻想的なテレビの嘘が嫌いで、ライブバンドであったキャロルの在り方!

ギラギラした青春のど真ん中にキャロルはあった。

 

日本が本当の豊かさを与えられているのではなく、

自分から手を伸ばせば、そこにあった!

何もかもがアメリカナイズされた文化の中で、

日本人のアイデンティティーを、若者達は熱いエネルギーにした。

何もかもが戦後、素晴らしい自由で豪快なアメリカ文化を

色々な形でボク達はすり込まれていった!

それはそれで、ボクの子供の頃のテレビを含め、

音楽もロカビリーブームと言う形で、

皆がエルヴィス・プレスリーに成り切っていた。

ビートルズが出現すると、ロックとフォークに分けて

ギターもエレキとフォークギターに分かれて

アメリカ人の真似をしたものだった!

 

敗戦国の国の在り方は、これでいいのかと、 1970年三島由紀夫は割腹自殺した。

また、日本は復興を見てくれと大阪万博を無理やり世界に見せつけた。

 

ボクも、14歳でビートルズのコピーバンドを始めた。

毎日が楽しく、エレキを持っている友達の所にトッポイ奴等が集まった。

皆んな英語の歌が唄えないので、よくタイプを打って、

その下にカタカナでカナをつけて唄って見せたものだ。

それがまさか、キャロルの歌詞の英語と日本語をチャンポンにした

原点になるとは想像もしていなかった。

男の子だったらリーゼントに革ジャンで、

「君はファンキーモンキーベイビー」とシャウトしたいだろう!

それを作ったのは、このクソ真面目で、ガラスの心を持った

ジョニー大倉であった事も誰も知らない。

でも、このキャロリズムは、DNAをしっかり今どきの若者に

受け継がれている事をこの目で確認出来た年でもあった。

 

20歳のボクが60歳の自分など考えられなかった。

いや、すでにボクの命は消え失せていた!

結局ボクは、60歳のど真ん中で生きている。

そして、若き日のキャロルの歌を唄っている!

何の違和感もなしに。

 

70年代を共に頑張ったミュージシャン達は、次々と戦死した。

ボクは淋しく、悲しい気持ちをステージにぶつけた。

ボクには、まだまだやらなきゃいけない事が山ほどある。

だから、ボクは生かされているのだ。

いや、そういう使命が有るのだと考える。

 

キャロルのメンバーも皆年を重ねた。

でも、まだ4人は皆健全だ。

一人でも欠けたらキャロルではなくなる。

それぞれの生き方は違うが、キャロルであると言う事は確かで、

空気の中でバンドは何時までも続いている。

永ちゃん、内ちゃん、ユウ 皆元気でいるだろうか!

ボクを含め、皆キャロルを背負って生きているんだと思う時、

人生の不思議さを感じづにはいられないのだ。

 

また消えようとしていた青春の炎がくすぶっている。

くすぶった炎は今でもエネルギーを放出している。

それがある限りロックをやり続けるだろう。

 

今年一年、お世話になった人、頑張った人、

何よりもジョニー大倉の支えになってくれた旧友のファンの皆様、

本当にありがとう。

 

ボクの戦い、まだまだ炎が消えるまでは終わらない。

来年も続くだろう・・・・・

 

2012年12月30日

ジョニー大倉

 

PS 2013年1月16日 キャロルを総括したセルフカバーアルバムが出ます。

「I remember CAROL by Johnny」

そして、その総括の後、オリジナルアルバムをリリースする予定です。

去年に引き続き、キャロリズムを胸に抱いて、 歌い続けるだろう・・・・・

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